魚群探知機や船舶レーダーなど、主に海に関する機器や技術を扱っているフルノですが、実は、水陸両方の気象を対象に研究や観測機器の開発を行う研究チームが存在します。なぜ「海のフルノ」が気象分野に取り組むのでしょうか。また、そこにはどのような技術や知見が活かされているのでしょうか。気象チームの中から3人の社員に登場してもらい、活動内容とその意義について語ってもらいました。
きっかけはゲリラ豪雨で起きた水難事故
──陸上の気象の観測機器を開発するきっかけは何だったのでしょうか。
早野さん:私がまだ入社する前の出来事ですが、2008年に神戸市の都賀川で水難事故が起こり、5人が亡くなるという痛ましい事態となりました。降り始めてわずか4分で激しい雨となり、30分も経たないうちに川の水位が1m以上上昇し、河川敷にいた人たちが流されたのです。このような局所的で急激な気象変化は気象庁のレーダーでは捉えきれません。この事故を受けて、フルノの社員が「何とかしたい」と考え、街中に設置してゲリラ豪雨の前兆をとらえるための小型気象レーダーの開発を始めました。
(左)技術研究所 第2研究部 電波応用研究室 主任研究員の早野 真理子さん
(中)技術研究所 第2研究部 電波応用研究室 中田 匠さん
(右)技術研究所 第2研究部 電波応用研究室 坂口 哲朗さん
──気象レーダーを開発するための技術の下地があったのでしょうか。
早野さん:まったくなかったわけではありません。航海時に障害物を検知する船舶用のレーダーには、雨も映ることが以前から知られていました。正確には、雨がノイズとなって見たい対象を邪魔するため、従来はそのノイズをどのように取り除くかという研究開発が行われてきたのです。そこで発想を転換し、そのノイズを利用して、雨粒の観測に利用できないかと考えたのが出発点でした。本格的に取り組むことになり、大学の気象の専門家の先生と共同で開発を進めていき、2013年に製品化して販売を開始することができました。
──他社製の気象レーダーに比べると、非常に小型ですよね。
早野さん:通常使われている気象レーダー (S/C-バンド) は高層のエリアを広範囲(数十~数百km)で観測するものであるのに対し、フルノの気象レーダーは、低層の雨雲や雪雲を検知できるものであり、それぞれが補完的に活用されることでより高い精度で、急激に変化する気象情報をリアルタイムに提供できると期待されています。
通常の気象レーダーは遠距離を観測する目的のため大型であり、山の上などに設置されるのに対し、フルノの気象レーダーは小型でビルの上などにも設置でき、距離分解能75mの精度で70kmをカバーします。特定エリアを網目状に設置してカバーしていけば、そこで発生する局地的短時間集中豪雨(ゲリラ豪雨)を発生させる雲の成長推移をリアルタイムに観測することができ、事前の豪雨災害に備えることができます。
水蒸気の段階でゲリラ豪雨を捉えたい
──気象レーダーに続き、「マイクロ波放射計」や「雲カメラ」など、新たな観測機器も開発されていますね。
早野さん:気象レーダーは雨粒を観測できる装置で、粒子の形状を推定することもできます。どの大きさの雨粒がどこに存在するかを立体的に把握し、ゲリラ豪雨の原因となる積乱雲内部の様子を捉えて危険を察知できます。この技術を応用して火山灰を観測することもできます。
これに加えて、雨粒になる前の水蒸気の変化や雲の位置・量も分かれば、さらに早い段階でゲリラ豪雨の兆候を捉えられます。そこで開発を始めたのが「マイクロ波放射計」と「雲カメラ」です。
──その2つはどんな特徴があるのでしょうか。
中田さん:マイクロ波放射計は水蒸気量を測定します。雨雲のさらに前兆を観測できるので、ゲリラ豪雨や線状降水帯の予測精度を向上できると期待されているのです。地上設置型のマイクロ波放射計の販売メーカーは海外に数社のみで、国産のマイクロ波放射計を開発する意義はあると考え、開発をスタートしました。気象レーダーと同様に、世界最小・低コストを目指して開発し、現在研究用の試作品は完成しています。小型なので船舶にも設置でき、海上の水蒸気観測にも貢献できると考えています。
中田さん:そして、雲カメラは、地上から魚眼レンズで天空をリアルタイムに撮影し続ける装置です。他の観測機器のデータと組み合わせることで大気の状態をより正確に把握でき、気象予測の精度向上に役立つと考えられています。気象観測だけでなく、太陽光発電の発電量予測や、航空機の離着陸支援などへも応用できます。
初めての挑戦を楽しみながら社会とつながる
──気象分野はフルノにとって新しい挑戦ですが、みなさんは入社前から気象の研究をされていたのでしょうか?
早野さん:実は、全員そうではありません(笑)。私は大学院では「情報知能学」を専攻し、ロボットの研究をしていました。坂口さんは量子力学、中田さんは金属材料工学の出身です。チーム内で気象に詳しい人や共同研究先の先生に教えていただきながら、フルノに入社してから気象分野の知識を身につけてきました。
中田さん:フルノはそれほど規模の大きな会社ではないので、入社すると何でもやることになります。その分大変ですが、とても面白いです。基礎研究からお客様への説明まで、幅広い業務を一人で担当できるのは魅力だと思います。大学で気象を研究していた方にも来てほしいですが、そうでなくても、いろいろなことを楽しめる人なら合う会社だと思います。
坂口さん:僕の場合、量子力学の研究をそのまま活かせる就職先はそもそも少ないので、分野にこだわらずに探しました。出身が西宮ということもあり、フルノに興味を持ちました。入社時は気象の知識はゼロでしたが、もともと興味があったので、やりがいを感じながら研究開発に取り組んでいます。
──リーダーの早野さんから見ておふたりの印象はどうですか?
早野さん:中田さんは技術に対してとても実直で、プロフェッショナルなエンジニアという印象です。仕上げの精度が本当に高く、穴のない完成度に持っていく過程はすごい。誰にでもできることではありません。一方、坂口さんはどこかアーティストのようだと感じます。エンジニアには珍しいタイプで、見ている視点が人と違うなといつも思います。
中田さん:確かに(笑)。坂口さんは1年目から思ったことを自然に発言できるタイプで、技術的な議論がしやすいと感じていましたが、「アーティストタイプ」と言われると、そうかもしれません。
坂口さん:その分析は当たっているかもしれません。僕は性格診断でもよく「芸術家」と出ますので(笑)
海×気象の観測機器で広がるサステナブルな未来
──みなさんはそれぞれ、こうした技術の先にどんな未来が広がってほしいと考えていますか。
早野さん:フルノは「Ocean 5.0」という海と共存・共栄するコンセプトを掲げています。その中に「陸と海とのシームレスな世界」という考えがあります。私たちはゲリラ豪雨をきっかけに陸上の気象観測機器の開発を進めてきましたが、気象は本来、陸と海で境界があるわけではありません。船用機器を長年作ってきたフルノの強みを生かして、気象観測機能を船にも搭載し、海の気象のビックデータを取得していくことを目指したいです。
フルノでは、水温や塩分などの海のデータ、船速などの船の運航データも取得しています。それらに空の情報が加われば、膨大なビッグデータが蓄積されることになります。このようなデータをAIが学習し、高精度なシミュレーションを行うことで将来的に「海で暮らす」社会を実現するための基盤となる情報を生み出し、貢献していけるのではないかと考えています。
坂口さん:僕はこの研究を通じて水蒸気の有用性を明らかにし、水蒸気観測の標準化を進めたいと思っています。気象庁のデータに加えて、局所的な水蒸気データを組み合わせることで、これまで予測が難しかった気象現象も予測できるようになるはずです。そして災害被害の軽減に役立ち、安心・安全な社会づくりに貢献したいですね。
中田さん:おふたりとちょっと違った角度で話すとしたら、人々が天気を気にしなくてよい社会が実現できればいいなと考えています。たとえば、小型の気象観測器が自治体単位で設置され、Google マップで行き先を検索すると、10分後の降雨予測をもとに最適ルートが示される、といった未来です。ウェザールーティングに近い発想ですが、私たちの研究によって予測精度がさらに向上すれば、こうした仕組みも実現可能だと思います。
早野さん:海の話で言うと、正確に気象を予測できると、船の航路上の豪雨が発生する可能性を事前に察知して、そのエリアを避けて航行するということもできますよね。また、風や雨の予測を踏まえて最適なルートを選べば、燃料の節約につながり、CO₂削減にも貢献できます。
坂口さん:将来的に陸や海でドローンが物流を担うようになったら、気象の情報は一層重要になりますよね。
──Ocean 5.0 が描く未来に向け、研究開発も陸と海をシームレスにつなげているわけですね。今後の展開が楽しみです。










